たぶんホームページ >  ととろお三籟日記
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Thursday 12 May, 2005

 さて、不思議な老婆の言葉に従って「外の門の仁王さん」を見た後、再び境内に戻り、目的の宝物館を探した。そもそも、この日、四天王寺に出かけたのは、直前にたまたまアクセスした四天王寺のホームページで、「聖徳太子十七條憲法制定1400年記念展」が宝物館で開催されている旨の案内を見たからだった。そうでなくとも四天王寺といえば舞楽の殿堂であり、たとえ舞楽の季節でないから舞楽そのものは見られないとしても、舞楽に興味や関心を持つ人ならば1度は訪れておきたいと思う場所の1つだろう。「高僧」(私がふだんふざけてこう呼んでいる某友人)の大阪の実家に仏事で来るお坊さんは、この四天王寺の舞楽で舞いを担当している人だという話は以前からよく聞いていた。これとは別に、ずいぶん前、もうかれこれ10年ほど前のことになるか、梅原猛さんのたいへん興味深い著書『隠された十字架(※1)を読んで以来、四天王寺に1度は足を踏み入れてみたいものと思っていたから、十七条憲法の記念展がちょうど開催中というのは、出かけるには都合のいい口実だった。


 新しい仁王像のある東大門のあたりには参詣の人や観光の人の姿はあまりなく、私が行った時には近所の幼稚園か保育園の子供たちが大勢いて、とても賑やかだった。芋掘りの帰りなのか、大きな袋がいくつも地面に置かれ、その中に泥のついたサツマイモがたくさん入っているのが見えた。宝物館はこの東大門のすぐ近くにあったが、おもしろいことに、ちょっと宝物館に近寄っただけで、先ほどの子供たちの賑やかな騒ぎはあっという間に消え去り、不思議な静寂が道の上に立ちこめていた。


 宝物館は最近の建物だが、高床式の外観は正倉院を思わせる。もちろん、往時の姿のままで残っている正倉院の方が古いのは当たり前なのだが、よく考えてみれば、四天王寺というお寺の創建そのものは正倉院より古いのだから(何しろ東大寺より100年以上も古い)、やはり古いお寺だと思わずにはいられない。宝物館の入り口は高い階段の上にあったが、その階段の真下あたりに、まるで花壇の植え込みか何かのような感じで、巨大な石が置かれていた(※2)。なんと、お寺の境内に長持形石棺の蓋がある! 仏教が日本に入る以前の、古い信仰や死生観に深くかかわるであろう豪族の古墳から出土した遺物が、無造作とも思えるような形、というより、野ざらしでお寺の境内に展示(?)されているとは…。豪快というか、おおらかというか。(この豪快さ、おおらかさは、四天王寺が創建された飛鳥時代の気風に通じていると思えなくもない…) この石棺の蓋の由来はよくわからないが、もしも四天王寺の建立に際して付近から出土したものだとすれば、それはそれで興味深い。被葬者が誰なのか、今となっては知るよしもないけれど、死者の名も生前の功績も、それどころか被葬地さえも伝わっていなくとも、死者を保護していた器だけが千数百年も先の未来にまで残り、お寺の境内に置かれているというのはとても壮大なことだし、不思議なことだ。


(つづく)


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四天王寺の長持形石棺の蓋
長持形石棺の蓋



●四天王寺の長持形石棺について
(関西の「考古文化研究会」のウェブサイトの中のページ)


●そもそも、長持形石棺とは何か?


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(※1)この本は「法隆寺論」という副題だけれど、聖徳太子の謎を推理小説のように解き明かしていく中で四天王寺についても触れている。いろいろな理由から、この本の内容を真実(あるいは事実)だと思うことはとてもできないのだけれど、推理「小説」のようなものだと思って読んだので、とてもおもしろく読み終えることができた。 [もどる]


(※2)四天王寺に掲載されている宝物館の写真には写っていないので、この写真が撮られた後、ここに置かれたものなのだろう。 [もどる]


index

四天王寺から神戸に至る (1)
四天王寺から神戸に至る (2) - 転法輪
四天王寺から神戸に至る (3) - 仁王像
四天王寺から神戸に至る (4) - 石棺の蓋
石棺の蓋 : 補足
四天王寺から神戸に至る (5) - 太子の御衣
四天王寺から神戸に至る (6) - 極楽浄土の庭
四天王寺から神戸に至る (7) - 異人館をめぐる

→ このほかの遊山記事


Thursday 21 April, 2005

 ところで、前の記事に掲載した極楽門の転法輪を写真に撮っていた時、不思議なことがあった。門に寄ったり離れたりしながら転法輪を眺め、転法輪を回し、そこから北鐘堂を見ていた時、遠くにいた老婆がこちらにやってきた。小さい、腰のまがった人で、足元が少しおぼつかないのだが、私の顔を見て、そして確実に私を目指してやってくる。時間でもたずねられるのかなと思っていたが、老婆は私の目の前に立つと意外なことに、「あなたはどちらからおいでになったかわからないけれど」と切り出した。


 老婆は言う。「あなたはどちらからおいでになったかわからないけれど、きっと遠くからおいでになったのでしょう。せっかくおいでになったのだから、ちょっと歩くけれど、外の門までお行きなさい。この門を護っておられた仁王さんは、今、外に出て、外の門におられるから、その門まで行って、ちょっと拝んでおいでなさい。少し歩くことになるけれど、階段をのぼるわけでもないのだから。余計なことかもしれないけれど、せっかく遠くからおいでになったのだから、あの道をまっすぐ行って、池の中の道を通り抜けたところから外の門においでなさい」と。


 この老婆はずいぶんと遠くから私を見極めて、私にこれこれの話をしようと足を向けたのだろうけれど、あんなに遠くから見て、私が遠くから来たということがどうしてわかったのだろうと不思議なことに感じた。けれど、これも仏縁、せっかく教えていただいたのだからと、宝物館の拝観を後回しにして、外の門の仁王さんを見に行くことにした。


 …と、ここまで書いて、いろいろ調べてみたら、どうも私は勘違いして、別の門に行き、別の仁王像を見て来たのではないかと次第に思えてきた。


 確かに老婆の言う通り、池の脇を抜ける道をまっすぐ行って、外の門(東大門)から四天王寺の境内を抜け、寺の外から仁王像を見た。その時、「これはどうも真新しい仁王像だなあ」と思ったのだが、今調べてみたら、やはり新しい仁王だった。 (この仁王像は 参考URL(1) によれば平成14年に開眼式が行われたもの)


 古い仁王像は中門に建っていて、私はこれを見てこなかった。そもそも、あまりにものんびり、あちらこちらをだらだらと見ていたために、しまいには時間がなくなり、肝心の金堂や講堂、五重塔を見ることができなかった。四天王寺に行って、子供の頃に教科書で習ったあの「四天王寺式伽藍配置」を間近に見てこないとは、なんたること。蕎麦屋に行って蕎麦を食べずにカツ丼を食べて帰ってくるようなものではないか。 (しかし、まあ、私は蕎麦屋にカツ丼を食べに入るのもしばしばなのだ、実のところ)


 違う仁王像を見てきたような気もするのだが、あの老婆は確かに「池の中の道を通り抜けた向こうにある外の門」と言った。境内の案内図を見て、あの時歩いた道を思い出しても、やはり老婆が言ったのは東大門の新しい仁王像のことだったのだろう。中門の仁王像は見られなかったが、老婆が見て来いと言った仁王像は見られたのだから、それでよし。それにしても、不意に私の眼前に現われ、仁王を拝んで来いと言ったあの老婆は一体何者であったのか。今考えてみると、不思議さはいやます。


(つづく)


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北鐘堂
東大門
 東大門の仁王像


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●四天王寺の境内の様子


参考URL(1)
http://www.h4.dion.ne.jp/~ten-chu/shiten01.htm
(大阪市立天王寺中学校同窓会のウェブサイトの中のページ)


参考URL(2)
http://www.osaka-etoko.ne.jp/special/shitennoji/01_shitennouji.html
(大阪eトコクラブのウェブサイトの中のページ)


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四天王寺から神戸に至る (1)
四天王寺から神戸に至る (2) - 転法輪
四天王寺から神戸に至る (3) - 仁王像
四天王寺から神戸に至る (4) - 石棺の蓋
石棺の蓋 : 補足
四天王寺から神戸に至る (5) - 太子の御衣
四天王寺から神戸に至る (6) - 極楽浄土の庭
四天王寺から神戸に至る (7) - 異人館をめぐる

→ このほかの遊山記事


Wednesday 20 April, 2005

 さて、鳥居をくぐった先に極楽門(西大門)がある。この門には「転法輪」という大きな輪が据えられていた。門の朱の色に金色の巨大な車輪はよく映え、美しい。「法輪(ほうりん)」とは梵語の "Dharma-cakra" [ダルマ(法)-チャクラ(車輪もしくは円盤の形の武器)]の訳だという。仏の教えが車輪のように自在に処々に伝わることを喩えているとか、人々の間違った考えや邪心邪念などを武器のように打ち砕くことを喩えているという。そして、「仏が仏法を説くこと」を「仏法の車輪を転がすこと」に喩えたのが「転法輪 (てんぼうりん)」という言葉だそうだ。


 あまり深いことを考えず、チベット仏教のマニ車のようなつもりで、ぐるぐると回してみた。こういう時、私はなんとなくチベットのことを思い浮かべてしまう。それはつまり、うっかりチベットに出現したペンネンネンネンネン・ネネム裁判長のことを考えているということだ。この時も「チベットのマニ車みたいだな」→「ペンネンネンネンネン・ネネムはどうしてチベットに出現したのかな」と考えていたので、ネネム裁判長のように「フィーガロ、フィガロト、フィガロット」と(心の中で)歌いながら、四天王寺の転法輪を回した。しかし、今、東京で、こうして自分の書斎でパソコンの前に座ってつらつらと考えてみると、この時のネネム連想と、頭の中で勝手に歌われる「フィーガロ、フィガロト、フィガロット」のフレーズと、四天王寺の転法輪を回すという実際の行動は、噛み合っていなかったような気がしないでもない。


(つづく)


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極楽門の転法輪



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●参考
スーパー大辞林
世界大百科事典


●関連
 釈迦が最初に説法を行った鹿野苑(サールナート)の、アショカ王時代の遺構から出土したレリーフや石柱に、法輪が象徴的に描かれている。特に石柱に見られる法輪は現在のインド国旗にも採用された有名なものだそうだ。詳しくはここ、もしくは、岐阜県にある真宗のお寺さんの善徳寺のサイトにすばらしい写真と解説がある。


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●しかし、ペンネンネンネンネン・ネネムとは果たして何者であろうか。知りたい人はここをクリック。


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四天王寺から神戸に至る (1)
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Monday 18 April, 2005

 ある秋の日、関西に遊んだ。恐らく、ここに書かない(書けない)話がいちばんおもしろいのだろうけれど、いろいろ差し障りがあるからそれは割愛する。 オフラインで会える人には話すこともあるだろう。(というか、既にいろいろな人に話してしまったことだけれど)


 それはさておき、ここでは大阪の四天王寺と神戸の異人館の話を書きたいと思う。この時は急に予定を決めたにもかかわらず、在阪の友人Hさんに都合をつけていただき、梅田で軽く昼食をとったが、その前か後の数時間をつぶすために、どこかを見ておこうという軽い気持ちから候補地を探し、梅田から近い場所にある茶臼山古墳四天王寺の宝物館で開催中だった憲法十七条制定1400年記念の特別展を見ることにした。しかし、いろいろな都合から茶臼山古墳には行けなかった。四天王寺の宝物館には行くことができた。


 聖徳太子といえば、きっと法隆寺の方が有名なのだろうけれど、四天王寺も聖徳太子ゆかりのお寺で、その歴史はとても古い。四天王寺のホームページには「日本仏法最初の大寺」とあるけれど、これは日本最初のお寺という意味ではなく(文献で知られる限りの日本最古のお寺は飛鳥寺豊浦(とゆら)寺)、日本最初の「官寺」という意味だ。創建は593年だから、遣隋使の派遣よりもさらに前の時代ということになる。お寺なのに鳥居があったので驚いたが、1294年に建てられた石造りの鳥居で、鳥居として現存しているものとしては日本最古のものだそうだ。この鳥居の上には「釈迦如来 転法輪処 当極楽土 東門中心」という言葉の書かれた額縁があった。「ここはお釈迦様が仏法を説かれるところで、極楽の東門の中心」というような意味とのこと。この額縁はレプリカで、オリジナル(とされるもの)は宝物館にあった。ただ、オリジナルとされるものにしても、前の時代のレプリカということも考えられるから、何をもってオリジナルと呼ぶのかは…。確か、「聖徳太子の筆によると言われる」とどこかで見たように思うのだけれど、どこで見た記述だったか思い出せない。この額縁は衆生の願いをすくいとる際にそれを余すところなく漏らさないためにチリトリの形をしていると四天王寺のホームページにはあるけれど、そう言われてみれば、鳥居の下で実物を見上げながら、「どうして一辺が欠けているのだろう」と不思議に思ったことを思い出す。「古いものだから、金属疲労か腐食で脱落したのかな」とさえ思ったのが、わざとああいう形になっていたとは恐れ入谷の鬼子母神。 (いや、難波の四天王寺だった^^)


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四天王寺 鳥居
(奥に見えるのは極楽門)
鳥居の上の額縁 (チリトリの形)



(つづく)



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Friday 08 April, 2005

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2005年4月~1999年12月(適当)

これ以前は記録がはっきりしないので大部分不明
(500回~600回分くらいの演奏会データが不明?)
チラシ、プログラム類は大量にある、スケジュール帳を見れば少しはわかる、
しかしそのチラシやプログラム類が大量にありすぎて
かえって見られない、探しきれない、
昔のスケジュール帳なんてどこいったかわからん

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