Re: クーレンカンプの録音 投稿者: ととろお 投稿日:21 Aug 2001 21:20:07
伯爵、こんばんは。力作投稿、ありがとうございます。
ヴァイオリン・コンチェルト、実にいろいろな問題を含んでいて、
考えれば考えるほど、ナゾだらけ、おもしろさも増しますね。こう
して、この掲示板やwreckさんのサイトがヴァイオリン・コンチェ
ルトの話題で活発に動くことで、少しでも多くの方にシューマンの
ヴァイオリン・コンチェルトに興味を持っていただければと思いま
す。入手しやすいところでは、カントロフ、ベル、シェリング、クレー
メルなどのCDがあります。まだお聴きになったことのない方はぜ
ひこの曲をお聴きください。
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クーレンカンプについては、即興的な部分もあるような気もします。
細かいところで。それにしても、きわめて音楽的な変更ですね。
> 楽譜どおりでは弾けなかったのだと思います。
そう、弾けないのかなとは思ったのです。ただ、クーレンカンプの
ような歴史に名前の残る人が「弾けない」というのが、どうも私に
は理解できません。(当時のベルリン高等音楽院の先生ですよ〜。)
先日、私の先生(ヴァイオリン)に「コンチェルトでソリストがソ
ロ・パートのオクターブを上げて弾いている」と言ったところ、も
のすごく驚いていました。「考えられない! そんなことしちゃ
だめです〜」(わかってますって〜^^)、「どうして、そんなこと
をしたのでしょうね?」と質問した時に最初に返ってきた答えが、
やはり、「弾けなくて変えたのでは?」ということでした。それだ
けの理由で、あんなに美しい旋律を、朗々とオクターブ上げて歌い
続けるのかなというのも疑問なのです。テクニックだけの問題では
ないなあというのが実感。しかし、ご指摘のようにテクニック的な
問題はあると思います。たとえば、私が思ったのは第1楽章の58小
節目。細かい話をしても掲示板をご覧の方にはわかりにくいと思い
ますので省きますが、ここで最初に出てくる和音とか。
(それにしても、濃い話題だなー^^)
> 私見ですが、ヨアヒムもこの第3楽章を弾きこなせなかったのかもしれません。
そうですかー。なんと、一昨日、ヨアヒム演奏のCDを買ってきま
した。1903年録音のバッハ、ヨアヒムの自作、ブラームス、そ
れぞれ小品。サラサーテ、イザイの実演とのカップリング。
このCD、ヨダレ出ません(^^?
ヨアヒムが奏でる音楽そのものは心に強く訴えかけるものです。音
楽家として傑出した人だと思います。歌心は今の時代でも通じます
よ。でも、シューマンのヴァイオリン・コンチェルトの第3楽章が
弾けなかったかも、と言われてみれば、そうかもと思えます。客観
的に聴いてみて、です。(でも、ヨアヒムのヴァイオリン、私はと
ても好きですよ。きっと、みなさんもすぐにお好きになると思いま
す。なんというか、優雅でやさしくて、温かみがありますから。)
それにしてもさー(と急にタメグチ)、サラサーテの自作自演「ツィ
ゴイネルワイゼン」とか「タランテラ」とか、スゴすぎー、、、。
バッハのパルティータ第3番のプレリュードもめっちゃ速いでー。
ミルシテインより速いでー(なぜか急にエセ関西弁モドキ)。この
速さ、再生の回転数、間違っているのかと思ったほどです。私が聴
いた中では最速だと思います。神の国の音楽(←バッハ)に鬼神が
宿っている〜。スゴイ演奏です〜。
イザイもすばらしい演奏ですよ。メンデルスゾーンのコンチェルト
の第3楽章をピアノの伴奏で弾いていますが、こんな凄いメンデル
スゾーンは聴いたことがないと思ったほど。
"JOACHIM - SARASATE - YSAYE" OPAL
CD [9851]
Joachim (1903), Sarasate(1904), Ysaye(1912)
> 穿った見方になりますが、ヨアヒムはそのためにこの曲の演奏を諦
> め、100年間演奏を禁じてしまったということも考えられないでも
> ありません。
憶測の域を出ませんが、おもしろい説だと思います。
> クーレンカンプ自身が、天才的な21歳のヴァイオリニストを相当
> に意識しつつ
若い頃のメニューヒンのシューマンのソナタ(2番)の演奏、お聴
きになったことがおありかもしれませんが、凄まじい迫力です。
34年頃の録音だったと思いますが、若き天才のオーラ大放出!
残念ながら、手元にはメニューヒンのシューマンのコンチェルトの
CDがないので、そちらがどのような演奏だったかはわかりません
けど、でも、きっと、そっちも天才のオーラを大放出している、神懸
かった演奏なのでしょうね(と空想してみる^^)。
クーレンカンプの演奏からも、やはり気迫があふれ出てきますね。
崇高でさえあります。実際の演奏に際しては、初演ということもあ
り、また難曲ということもあり、技術的にも難しい問題がたくさん
あっただろうと思います。しかし、本当に大事なことは「音楽によっ
て人は何を伝えるのか」「音楽を通して人は何を受け取るのか」と
いうことなのだと思います。こうしたことを常に聴く努力をする人
が、例の「耳を澄まして聴く人」なのでしょう。技術的な問題とか
楽譜の問題などは決してどうでもいい問題ではありませんが、そう
したことを超越した次元において、もっとも大事なことを伝えよう
としている演奏の1つではないかと、先日、クーレンカンプのCD
を聴きながら感じました。可視的かつ皮相的な世界にとらわれてい
ては見えないかもしれない「本質の世界」(それが何かということ
のヒントも含めて)を示唆していると確信します。
伯爵のご投稿はクーレンカンプの演奏について、たいへん本質的か
つ示唆的かつ総括的だと思います。ありがとうございました。
[補足]
> あんなに美しい旋律を、朗々とオクターブ上げて歌い
> 続けるのかなというのも疑問
オクターブ上げなくても弾けそうな(?)ところで、
オクターブ上げて朗々と歌っている、という意味。
技術云々より、内的必然性があったのかなと想像。
当時の演奏習慣がわからないのでよくわかりませんが。
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